つるにちにち記録

自分の直感だけで生きていると感じること

自分の内に深くフォーカスしたい時に聞く音楽

シークエンスはやともさんのYoutubeで

霊能者の月夜見先生が、自分についた悪い物を払う時には

宇多田ヒカルさんの歌を聞いたりすると言っていた。

ほうほうほう

彼女の歌声は美しいだけでなく、何か他にも秘密があるのかしら。

それが人々を魅了する一因なのかもしれないと思うと、不思議だ。

 

私は集中してデスクワークなどをしたい時には、

青葉市子さんの声を聞いている。

 

青葉市子さんの声を聞くと、なぜか内に深く深く向き合えるのだ。

 

youtu.be

 

この人の才能は本当にギフトだと思う。

 

こういう卓越した人を見ると、

「自分なんて」

というようなネガティブな気持ちが起こる時がある。

自分と誰かを比べたり、やる気を無くしたりする。

 

容姿や国籍なんかの根本的に変えられない物ではなく、

例えば、自分がフィギュアスケートの選手だったとして、

同じ様に練習してきた友達が羽生君だったとしたら…

 

私を含む多くの人達は「それ以外」の立場で、

その学びを体験している。

 

誰かと自分を比べるのではなく、

自分自身と向き合う事。

そして何よりも楽しむ事。

 

私たちは常に涅槃の境地に向かおうとしているのだと思う。

 

「それ以外」の私と、

選ばれし羽生君や青葉市子さんのような人達は

学びの種類は違うかもしれないけれど、結局は涅槃へ向かっていると思う。

 

涅槃とは…

煩悩の火が消え、人間が持っている本能から解放され、

心の安らぎを得た状態のことを指す。

 

 

私は数日前から絶望の真っ只中で、

(特に何事も起こってはおらず、定期的にそうなる。鬱でも躁でもない。)

曇った自分自身と必死に対話して自分を取り戻そうとしているのだけれど、

意識的に何かしても又すぐブクブクと絶望の中に潜り込んでしまう。

結局、何かしようとする、そういう外科的な事は通用しないのだと思った。

 

絶望の最中、無意識に自分自身がしようとしていたのは、

情報の排除と生活の一つ一つの動作にフォーカスする事。

 

テレビもないし、ニュースもあまり見ていない生活だったけれど、

それでもやはり今の世界の悲しい現実を知る機会はたくさんある。

その、たった十五文字の文字列でも、一枚の写真でも、

数秒見切れただけのトピックであっても、

その波動をキャッチしてしまっていたのかもしれない。

 

たぶんな!

 

とにかく、私は無意識に自分に集中しようと努力していて

それに気づいたので、今は意識的にそれをしている。

ご飯を作る時、食べる時、寝る時、他に何も考えずにその事だけに集中する。

 

何か、仕事や子どもの事などで問題があっても

「今考えてもどうにもならないし、何も変わらない。」

と、ぽかんとしている。

 

ぽかんとする自分を許して、受け入れる。